『新たな始まり』  太陽が落ち、星が煌めき始める。  まだ冬の寒さが残る、晩春の頃。 「……マリア、それは本当なのか……」  ナギが悲しげな面持ちでマリアを見つめていた。 「……」  その場に同席していたハヤテはうつむいていた。  あたかも、自分を咎めるかのように。 「……すまんが、私はもう寝る。今日は誰も部屋に入ってこないでくれ」 「あっ、ナギ!」  マリアの発現を制し、早足に自分の部屋へと歩き始めた。  ハヤテとマリアは見送ることしかできなかった。 「……」 「……」  2人の間に重い沈黙が流れる。  ハヤテは自分の手を血が出るほどに握り締め、奥歯をかみ締める。  自分の鈍感さを悔やんでいた。      * * *  その日、マリアは決意した。  ハヤテとナギの間にある、大きな誤解を解くことを。  それはナギにとって、残酷なことかもしれない。  それはナギの心を深く傷つけるかもしれない。  でも、このままじゃいけないと思った。  だから、2人を呼び出した。 「ナギ、ハヤテ君、大切なお話があります」  喉が干上がり、心臓の音が妙にうるさかった。 「実は――」  そして真実を――告げた。      * * *  ナギが部屋をでていったあと、しんとした空気が流れていた。 「……すみません、僕のせいでお嬢様が……」  うつむいたまま、ハヤテが呟いた。 「私に謝ってどうするんですか。それに、別に誰が悪いということでももありません」 「はい。それでも……ごめんなさい」  ハヤテは、顔を上げようとはしなかった。 「……まあ、とりあえず今日は寝ましょう。起きていても仕方ないですし」 「……はい、わかりました」  そして、お互い自分の部屋に戻った。      * * *  ナギは、ベッドにうずくまって呆けていた。  そうしていると、あの日の出会いが頭にうかんだ。  そして、一緒に初日の出を見に行った。  マラソンの練習。  それはどれも、ハヤテとの記憶の時。  ハヤテと過ごした一瞬一瞬の記憶が鮮明に蘇ってくる。 (思えば『好き』って言ってもらったことは一度もなかったな)  少し自嘲気味に笑うと、感情が込み上げてきた。  悲しかった。  悔しかった。  だけど、一番多い感情は欠落だった。  自分の一部が欠けたような欠落感。  それは、他の何よりも耐えがたかった。 「うっ……ハヤテ……ハヤテぇ……」  目から涙があふれてきた。  嗚咽が漏れ、枕が濡れる。 (今更になって気がついた……。私は、私はこれほどまでにハヤテのことが……)  そこでふと、あるものが目に入った。  ハヤテから貰った髪飾りだった。 (そういえばヒナギクの誕生日プレゼントのことでハヤテを問い詰めたっけ。でも、これも勘違いの……)  疑問がうかんだ。  確かにハヤテを問い詰めたのは、自分の勘違いからだった。  だけど――。  今までのこと、全てが勘違いなのか?  今までのこと、全てが間違いなのか?  違う、そうじゃない。  確かに2人の関係は勘違いだったけど――  ――ハヤテと過ごした記憶は、勘違いなんかじゃ無い! 「私は……」      * * * 「ハヤテ君、今日は私がナギを起こしに行きましょうか?」  次の日の朝、マリアがハヤテに恐る恐る尋ねていた。  そんなマリアを見てハヤテは苦笑した。 「大丈夫です。それは僕の仕事ですから」  そう言って、ハヤテは歩き始めた。  だが、いつもより足が重かった。  心の片隅にもわだかまりがあった。  ナギと会ったらどう話すか、どう接するか、そんなことばかり頭にうかんでしまう。  そんなことを考えているうちにナギの部屋の前まで来ていた。  一度深呼吸をしてからノックする。 「お、お嬢様、朝ですよ」 「ああ」  すると、中から返事があった。  朝が苦手なナギにしては珍しいことだった。 「ハヤテ、ちょっと中に入ってきてくれないか?」 「えっ、あ、はい」  言われるがまま部屋に入ると、ナギは窓から外を眺めていた。  つまり、ハヤテに背を向けていた。 「覚悟しておけよ、ハヤテ」 「えっ?」  ナギが振り返った。  そこには笑顔があった。 「もっと綺麗になって、お前を振り向かせて見せる。今のうちに私をつかまえておけばよかったと思わせるくらいにな」  ナギの頬に透明な雫が流れ落ちる。  ――泣くのはきっと、これで最後だ。 「私に、他の好きな人ができてからじゃ遅いんだからな!」  朝日に照らされた髪は黄金に輝き、決意を秘めた碧眼はエメラルドを思わせた。  ハヤテは、一瞬その光景に目を奪われていた。  それは、今までに見たどんな豪奢な宝石よりも綺麗だったという。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  はい、というわけでナギナギオことナギオです。 これを書いている途中、エメラルドの石言葉が気になって調べてみた所、 『幸運・新たな始まり』 とあり、この物語にぴったりだなと思いつつ書き終えました。 そして題名にも使わせてもらいましたよw いろんな本を読むようになり、表現したいものも増えていってます。 この物語もその一つです。 まだまだ下手だけど、もっと上手に書けるようにがんばりたいと思います♪