彼女は海を見る   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  私はヒナさんと観覧車で別れた後、自宅へ帰った。  オフロを済ましてベッドに倒れ込む。 「ふぅ…いいお湯でしたっと」  まさかヒナさんにあんなこと言われるなんて思ってもなかった。 「私は…ハヤテ君の事がスキ」  だなんて。まぁ、 「私、ハヤテ君と付き合ってて…もうあんな事やこんな事も―」  って言われなかっただけいいかな?だって、 「ハヤテ君はカッコいいしなぁ」  私はハヤテ君の姿を思い出して、ニヘラと顔を緩めた。  恋する乙女フィルターなんてそんなもの。好きな人はカッコいい。  と、思っていると机の上で携帯が鳴った。携帯を取り、画面を開くとヒナさんからのメールだった。 『歩、今日はありがとう。それとごめんね…黙ってって。私、明日早く帰れそうなの。一緒に帰らない?』  という内容。  私は仰向けに寝転がりながら携帯を見た。 「ヒナさんらしいなぁ。顔文字。絵文字なしの文って」  私も返信を打つ。 『いいですよ♪一緒に帰りましょうか』  返信してすぐヒナさんからメールが来た。真面目だなぁ。 『なら、明日白皇まで来てちょうだい。学院には話を通しておくから。それじゃあ、歩お休みなさい』 『はーい。お休みなさい☆』 「今日はバイトもして疲れたし、早く寝よっと」  私は携帯を枕元に置いて、部屋の電気を消した。   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  翌日。私は白皇学院の大きな立派な門を潜った。 「ちょっとお待ちを」 「ひゃうん!」  突然、私の肩に背後から手が置かれた。  振り向くと前のように背後には黒服サングラスの大柄な人がいた。 「あなたは……」  黒服の人は懐から紙を取り出すと、その紙と私を見比べた。 「はい。通ってよろしいですよ。生徒会長から聞き及んでいます」 「あ、ハイ。どうもすみません」  私はへこへこと頭を下げつつ、校舎へ向かった。  さっきヒナさんからもらったメールを再度確認する。 『歩、学院に来たら校舎に入って二年の教室に来てちょうだい。待ってるから』  私は大きな校舎に戸惑いつつ、迷いつつ、ちょっと楽しみつつ、30分ほどかけてやっと二年の教室を見つけた。  教室を覗くとヒナさんが一人で机で何か書いていた。 「ヒナさーん! お待たせしました」 「あっ、歩。ちょっと待ってねすぐ終わるから」  教室に入りヒナさんの机を覗くと何か書類を書いていた。しばらく待つことに。 「よしっ終わり。行きましょうか歩」 「はーい」  ヒナさんは書類を鞄に入れると立ち上がって、二人して教室を出た。   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  私たちは歩きながら色々な話をした。私は前に一度ヒナさんのおうちに行ったことあるので今は私の家へ帰っている。  学校が違うので学校の話が一番楽しかった。一番面白かったのが飲んだくれの先生の話。  いつもどこでもお酒飲んでいて、お金の亡者だとか。なぜかヒナさんはその先生の名前は教えてくれなかったけど…なんでかな?  いつの間にか大きな橋の上にまで来ていた。白皇の方から来ると通る大きな橋だ。  橋からは流れ出る海が見えて、ちょうど今は真正面に夕日が沈みかけている所だった。 「すごい…きれい」 「そうですねぇ」  川、その先の海が夕日に照らされて赤く染まっていた。 「歩、川って人みたいじゃない?」  ヒナさんは川を見ながら言った。 「最初はそれぞれに源泉があって、それが次第に大きくなって川になって海に辿り着く」  ヒナさんは手すりに背中をもたれさせて天を仰いだ。 「人もそれぞれに始まりがあって、親や兄弟や友達、いろんな人とつながり関係をして大きくなっていく」  ヒナさんの言葉を聞きながら私もヒナさんに習い手すりに背をもたれさせた。 「川へと大きくなるけど、途中で汚れて、淀んだりする。曲がった所では内側と外側で流れのスピードも違う」 「なんだか人の歩みって感じですね。それぞれのペースがあって、いいこと、悪いことも学んで」 「そうね…でもどんな川でも最後は海へ辿り着く。汚れても淀んでも遅くてもね」  私はヒナさんへ顔を向けて問う。 「なら…今私たちの川の流れはつながっているのかな?」 「そうね、たぶん今は同じ流れかしらね」 「じゃあ…ハヤテ君の川はつながっているのかな?」 「どう…かしらね。並走位はしてるといいわね」  私はヒナさんの手を取った。 「そうなれるように頑張りましょうね、ヒナさん」 「そうね、歩」  ヒナさんも笑い返してくれた。 「なんでしたっけ? こんなのありましたよね? 瀬をはやみ……あれ? なんだっけ?」  言い淀む私をよそにヒナさんが続きを言ってくれた。 「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川は われても末に あはんとぞ思ふ」 「それです。いい歌ですよね」 「例え岩に流れがせき止められても、また一つになって流れるように仲を裂かれても会えなくても、必ず会いに行く」 「でも…出来るならせき止められずにずっと一緒に流れていけるといいですね、あの海まで」 「海…社会かしら? 海に出ると沢山の川、水と一緒になるけど…好きな人とはずっと一緒がいいわね」 「そうですね」  ヒナさんがため息をこぼした。 「はー…恋って難しいわね。数学みたいに簡単に割り切れない。こんなことには国語も社会も役に立たない」 「だからいいんじゃないですか。面白い、楽しい、ドキドキ、全部が難しい。それがいいんですよ。失恋でも成就でも後悔はしたくないですし」  ヒナさんがなんだか私を驚きの目で見てる気がする。何か私言ったかな? 「はー…歩…可愛いわねぇ」 「なっ! 何言ってるんですかぁ!」 「私なんかそんな風には考えられなかったな。ハヤテ君のことだって裏切りだ、歩を傷つけるって思ってたのに」 「そんな心配モーマンタイですよ。私はヒナさんも好きですから!」  ヒナさんがほほ笑んでくれた。 「ありがとうね、歩。さて、そろそろ行きましょうか」 「ヒナさん今日泊まっていきませんか?」 「あら? そうさせてもらおうかしら」 「わーい! パジャマパーティーだ」  私たちは沈んだ夕陽を背に橋を渡った。   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ヒナさんが家に泊まってから数日後。私はまた一緒に帰ろうと思い白皇学院まで来ていた。  ヒナさんのお達しが出てるので今は顔パスで通してくれる。  今日もゆっくり広大な敷地を見て周ってから、二年の教室へ向かった。 「こんにちはーヒナさーん。一緒に帰りませんかー?」  私は教室に入るとそこにはハヤテ君もいた。 「あら歩、ちょっとまってね」  ヒナさんは鞄を持って来た。 「西沢さん、こんにちは。ヒナギクさん、それではまた」  教室の扉の所で私はヒナさんに耳打ちをした。ヒナさんはそれを聞いてニヤっと頷いた。 「せーのっ」 「「ハヤテ君またねー!」」  私たちは声をそろえてハヤテ君にさよならを言った。  教室のハヤテ君はなんだか驚き、戸惑った顔をしていた。  私たちは笑いながら廊下を走った。げた箱まで来たところで二人でお互いの唇の前に人差し指を立てた。 「「シー シー シー」」  私たちの流れはまだまだ始まったばかり、どんな展開が待っているのか。  でも、恋の気持ちは止まらない。  いつかの時まで。  シー シー シー  She See Sea  秘密だよっ。  いつか海に辿り着くまで。